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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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花咲く甲斐路 vol.3


最終日、帰る前に少しだけ甲府市内を回ります。落ち穂拾いみたいですが、掘り出し物もあるかも!? 与えられた時間ですから、きっと意味があるんだろうと思って、しゅっぱーつ (^▽^)/



山梨県立甲府西高校


朝起きて、とりあえず山梨県立甲府西高校へ。小川正子の出身校です。

小川正子の時代は学校名が甲府高等女学校で、場所も違う所にあったかと思うんですけど。

県下有数の進学校です。


山梨県立甲府第一高校


山梨県立甲府第一高校も言わずと知れた進学校。進学校だから来たのではなく、こちらは大島正建狙い。

大島正建は札幌バンドの一員で、この学校の校長を務めていたのです。

そのため一高の校是の一つが「Boys be ambitious」。クラーク博士の影響がここにまで及んでいるとは。

大島正建の影響を受けた石橋湛山の胸像があるらしいですが、ちょっと中には入って行きにくいですかね。



山梨バプテスト教会


次は山梨バプテスト教会。日本バプテスト連盟に所属しています。

赤い尖塔の上の十字架がステキですね。


日本聖公会 甲府聖オーガスチン教会


続いて甲府聖オーガスチン教会へ。日本聖公会の教会で、現在は長坂聖マリヤ教会の司祭が管理しているようです。

プロテスタントだけど、「司祭」という名称が、聖公会の特徴を表している気がします☆


甲府キリスト福音教会


そして甲府キリスト福音教会へ。大きめの日本家屋のような聖堂ですが、中にはパイプオルガンもあるそうです。

歴史は古く、1877(明治10)年にカナダから来たC・S・イービー宣教師に始まり、1983年に現在の会堂が建てられたのだとか。

活発な活動が行われているようです。



古地図と現在


ふと見ると、街のあちこちに古地図と現在の地図を合わせた案内板が。

歴史の街としてPRしているようですね。せっかくの歴史も、人知れず埋もれていてはもったいないので、是非掘り起こしてほしいです。

願わくば、もっとストーリー性のある案内板だと面白いかもしれないですね。人物とか、エピソードとかを交えて♪



山梨大学!


青空の下には山梨大学。今日は訪れる時間がなくて遠望するだけですが、ちょっと見られてラッキー。

浅川伯教が学んだ学校の後身ですので。伯教の時代は山梨師範学校で、やはり場所も違っていたでしょうけど。


甲府学生クリスチャンセンター


沿道に甲府学生クリスチャンセンターも発見。甲府キリスト福音教会の教会学校やお祈り会がもたれているそうです。

カフェや様々なプログラムを催して、若い年代にアピールしている感じです。




 甲府市の郊外へ (*^^*)


尊躰寺


では市内の教会めぐりはこのくらいにして、郊外へと参りましょう。こちらは城東にある尊躰寺

キリシタンとの関係が取り沙汰される大久保長安の墓があるということで。

徳川家康がこの寺の真向三尊阿弥陀如来画像のことを聞いてやって来て、宿陣としたこともあったそうな。家康はキリシタン禁令出したくせに信心深かったんですね。人の信心はリスペクトできない性格だったんでしょうか。



大久保長安の供養塔


大久保長安の墓は本堂の手前に。見に来る人が多いから、目立つ所に置いてあるもよう。

その点からしても、解説板には「墓」と書いてありますが、供養塔ですね。

大久保長安は鉱山採掘のノウハウを持っていたため、家康から金銀山の統轄を任せられ、佐渡奉行、石見奉行などを歴任。その途中で甲斐奉行も務めました。それでここに供養塔があるわけですね。

生前は強大な権勢を振るいましたが、死後不正蓄財をしていたという理由で、7人の息子たちは全員処刑され、長安の死体も墓から掘り出されて磔刑に。これを大久保長安事件というのですが、さて、長安はキリシタンか否か?


大久保長安はキリシタン?


結論から言うと、私は違うと思っています。女性が好きで、側女を70人から80人も抱えていたというから・・・、そんな人、その生活を改めないと洗礼施してもらえないと思います。人数に誇張があったとしても、キリスト教は基本的に一夫一妻制ですから。

キリシタンだと言われる理由としては、鉱山開発に南蛮渡来のアマルガム法を用いたことを挙げる人が多いのですが、技術は技術で、信仰は信仰でしょう。南蛮渡来の技術を使ったとしても、キリシタンだとは限りません。金銀山に、各地の迫害を逃れたキリシタンが来て働いていましたが、労働力として受け入れただけで、保護したとは言えませんし。

死後に墓を暴かれるなど、ひどい扱いを受けているので、キリシタンだったと連想された可能性もあります。ならば、そここそ留意点ですね。ひどい扱いを受けた=キリシタンという図式。キリシタンがそれだけ理不尽で残虐な目に遭っていたということです。

供養塔だって山梨に無いですしね、キリシタン大名の有馬晴信の場合は。晴信は甲斐にゆかりのない人物でしたが、甲斐で死んでいるんです。大久保長安は、家康が泊まるような由緒ある寺に供養塔です。キリシタンでないことは、ここでも明らかになっているかと思います。



本堂

真向三尊阿弥陀如来

大久保長安供養塔

解説板

石造物も


境内には古い石造物もそこかしこに。古刹なんだなと感じます。武田氏の時代から信仰を集めてきたんですもんね。

中には「隠れキリシタンファン」が「キリシタン遺物だ!」と身を乗り出しそうな石造物も。私は形やマークを見て安易にキリシタン遺物だと決めつけちゃいけないと考える立場ですが、「隠れキリシタンファン」は違います。

〇とか×とかいろんなデザインを全部キリシタンと関係ありとしてしまうんですね。そういう人たちにはここ教えない方がいいかなと。この×印をアンドレアクルスとか言っちゃいそうですから。

でも甲斐国にはキリシタンがいた形跡がないのです。だからこの×からキリシタンがいたと想像して、彼らがこの寺に参りながら隠れて信仰を守ってたなんて考えるのは、妄想の域に入っているんですよね。それをロマンと言うのかどうか・・・、疑問だなと思います (´・ω・`)ウムゥ



尊躰寺

石造物

石造物


山城カトリック教会


ラストは山城カトリック教会。小瀬町にあります。

教会の一角に福祉センターがあって、やまなしライフサポート、自殺予防ネットワーク山梨、山梨ダルク等の団体がこちらセンターで活動しているのだとか。

教会が地域のセーフティネットととしての役割も果たしているんですね。



山城カトリック教会

山城カトリック教会

山城カトリック教会

中央道


行きと同じ中央道で東京方面へ。連休最終日だけど、まだ昼過ぎだから渋滞は発生していません。感謝。

感謝はすればするほど、もっと感謝の目が開いてくる気がします。空を見上げるだけでも、いつも感謝だなと思えるのは、心に祝福をもらっているからなんでしょうね♪



談合坂サービスエリア


談合坂サービスエリアでひと休み。そうそう、昔も来ましたよ。高速使うと、どこに行くっていっても、SAやPAは停まりますから。

人生の中でも、こうやってひと休みして、振り返ることが必要なんだろうと思います。

昔は若くて何も分かってなかったなーとか、今は大人になった気でいるけど、これからに比べたらどうなんだろうとか。いろんな感慨が心を行ったり来たりします。。



生とろあんぱん


考え事をしながらあんぱんを食べていたら、味がよく分からないまま食べていたことに気付きました。

テレビ付けてご飯食べると、食べ過ぎてしまうのと同じ原理ですね(ダイエットの基本らしい)。

神経を使わないでいると、感覚が鈍って、感じるべきことが感じられないみたいです。気をつけなきゃ (~_~;)




神経をうまく


「神経を使う」というと、厄介なことがあって神経質になるイメージがあるけれど、本来人間は、うまく「神経を使う」ことで発達してきたと言っても過言ではありません。時間に神経を使うから、時計を作ったのだし、健康維持に神経を使うことで、栄養学もスポーツも発展したのだし。

だけど神経をあまりに鋭敏にしてしまうと、精神的にしんどくなるのも事実。そこが現代人の悩みどころです。この神経の鋭利さを、心配、憂いに使わないで、安心と平和、幸福といったところに使えたら良いのでしょうね。

私は信仰を持っているから、それを神様を知るところに使おうとしていて、旅行では御心、歴史の流れを知るところに使いたいと思っています。それができたなら、神経を備えるようにしてくださった神様に感謝ができると思うから。

神経の鋭利さが、神様のくださった祝福の中の一つだと感じられるレベルには、まだ全然達していませんが、これからも歴史に、そして目に見えない神様に神経を集中してこうと思います。拙い旅行記を綴っていきますが、どうかご寛恕とご愛顧のほどをお願いいたします ( ̄▽ ̄)






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